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1206年 モンゴル高原の諸部族を統一したテムジンが、チンギスハーンとしてモンゴル 帝国建国
1271年 フビライ・ハーンが国号を大元と定める
1691年 モンゴルの殆どが清朝の支配下となる
1911年 辛亥革命を機に独立宣言、221年に及んだ清朝支配から脱却
1919年 中国運閥が再び支配権を掌握、中国の一省となる
1920年 モンゴル人民党結成、ソビエト・ロシアに援助要請
1921年 ボグド・ハーンを元首とする立憲君主国・モンゴル国を建国(モンゴル革命)
1924年 ボグド・ハーンの死とお共に人民共和国となり、世界で2番目の社会主義である モンゴル人民共和国建国
1939年 ハルハ河の戦い (ノモンハン事件)
1946年 中国(国民党政権)がモンゴル人民共和国を国家として承認
1986年 第19回人民革命党大会で経済体制改革の基本万針が決定
1987年 経済体制改革に着手
1990年 社会主義の枠内で複数政党制を導入 オチルバト初代大統領選出
1991年 コメコン解散
IFM、世銀、ADBに加盟
1992年 新憲法施行、正式国名をモンゴル国として、社会主義を放棄      
第1回総選挙で人民革命と大勝
1993年 初の大統領直接選挙が実施され、野党連合権薦のオチルバト再選
1996年 第2回総選挙で人民革命が敗れ、民主連合大勝、エンフサイハン首相就任
1997年 第2回大統領選挙で人民革命党のバガバンディが当選
WTO加盟
2000年 第3回大統領選挙で人民革命党と大勝、エンフバヤル首相就任
2001年 第3回大統領選挙で人民革命党のバガバンディ再選
2004年 第4回総選挙で人民革命・非人民革命党派 (祖国民主同盟)共に渦半数割れ
人民革命党を祖国民主同盟の「大同盟結成、人民革命党党首・エンフバヤル
が議長に、祖国民主同盟・エルベグドルジが首相に選出
2005年 第4回大統領選挙で人民革命党党首のエンフバヤルが当選ブッシュ大統領
モンゴル訪問 (現職米国大統領として初)
2006年 連立内閣総辞職、エンフボルド人民革命党党首が首相就任
エンフボルド首相来日、小泉首相モンゴル訪問補欠選挙を経て人民革命党が
議会が過半数を獲得
EBRD の支援対象国に決定
エンフボルド首相、中国訪問
エンフバヤル大統領、ロシア訪問
2007年 エンフバヤル大統領来日
皇室関係者モンゴル訪問、河野衆議院議長モンゴル訪問
2008年 第5回総選挙
2009年 第5回大統領選挙で民主党のエルベグドルジ氏が当選モンゴル・日本友好40周年
2011年

GDPが年間17%の経済成長(同年世界2位)

2012年

モンゴル・日本友好40周年

6回総選挙が行われ12政党出馬し、結果は76人の国会議員の31議席を民主党が獲得した。

モンゴル国の第27代首相には民主党のN.アルタンホヤグ氏が就任した。
国会議長に民主党のZ.エンフボルド氏が任命され、第6代国会議長になった。
ウランバートル市長には民主党のE.バトウール氏が任命された。

 

ロンドン・オリンピックにモンゴル国が過去最多の5つのメダルを獲得(2銀、3銅)